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パンズ・ラビリンス

  • 2008年5月21日 20:42
  • 映画
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パンズ・ラビリンス

1944年のスペイン内戦で父を亡くしたオフェリア。母カルメンは冷酷な独裁主義のヴィダル大尉と再婚する。恐ろしい義父から逃れたいと願う彼女は、屋敷の近くで謎めいた迷宮を見つけ出し、足を踏み入れると、迷宮の守護神"パン"が現れる。パンは「あなたが探し続けていた魔法の王国のプリンセスに違いありません」と明かし、その真偽を確かめるため、オフェリアに3つの危険な試練を与える。オフェリアはなんの準備もないままに、その試練に立ち向かうことに...。

なんだか評価の高い映画があるよ。というお話だけで一切予習なく見ることになった映画。
後で調べてみたら、この映画はメキシコ・スペイン・アメリカが合作した映画なんだとか。
PG-12ではなくてR-18でもいいんじゃないかと思うほど、残忍な暴力描写は、時々嫌になるぐらい激しいものだったけれど、最初から吸い込まれるように引き込まれて見入ってしまうストーリー。
ダークファンタジーという言葉はぴったりかもしれないほどに、とても悲しい悲しい物語。

ストーリーは、とても丁寧に作られたのだろうな。と思えた綿密なつくりだと思う。
ヴィダル大佐の独裁ぷりの酷さはそれはもう、色濃く描写されていて、映画を見る人の心に暴力に近いような強引さで独裁の恐ろしさや醜さを訴えてくる。
その強引さが、独裁の強引さを体感させるように。

屋敷で働く使用人のなかにスパイとして入り込んでいるレジスタンスの秘密裏な闘い。
レジスタンスとフランコ軍の闘い。
もうすぐ生まれる赤ん坊を息子と信じて疑わず、その息子にしか興味を持たず、オフィリアに目もくれないヴィダルの冷徹で威圧的な態度。
母カルメンは、出産間近の長旅での疲労から体調を崩しているし、ヴィダルの期待に答えなければいけないと必死。
オフィリアの心の拠り所は現実の世界にはひとつも存在せず、行き着いた先は空想の世界。
その密接な絡み合いが、悲しいストーリーを余計に悲しくさせる気がした。

ストーリーが進んでいく間、オフィリアが作り出す世界は、決して「空想」とは断言されず、まるで真実のように表現されているところがまた凄い。
実際、「現実逃避による空想」は当人にとってはものすごくリアリティ溢れる世界だから、現実なのか空想なのか、はっきりと区別をつけることはできない。
そのお陰で、設定では空想の世界ということになっているけれど、きっとオフィリアにとっては現実世界よりも空想世界のほうがよっぽど居心地が良かったはずだと思わせてくれる。

エンディングは、見ようによっては、確かにハッピーエンド。
けれど、オフィリアの可愛い笑顔が余計に悲しさを強めていて、突き刺さるような悲しい悲しいハッピーエンドだった。

人に勧めるのはちょっと気が引けるダークでネガティブな作品だけど、この繊細で綿密なつくりも、メッセージ性も、ストーリーのテンポも、嫌味がなくて心地が良くて、確かに素敵な映画だなと思う。

とにかく、心に残るすばらしい映画だった。

ちなみに、パンズラビリンスの「パン」は、物語の中にも登場している。
この「パン」はギリシャ神話に登場し、ローマ神話のファウヌスと同一視されている。
ファウヌスは、森の神、田野と牧人の神、いたずら好きの神。

この映画を見たとき、「パンズ・ラビリンス」というタイトルに疑問を感じたけれど、ファウヌスといういたずら好きの神が最初から登場していたことを考えると、オフィリアの空想世界にファウヌスがいたずらをしてリアリティを強めたという、ファンタジー的要素もあったのかも・・・と一人で空想してみたり。

【データ】

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